痛風発作その後 ③。2020.6.3(水)

さあ、26年ぶりの発作に見舞われてから丸2カ月経過した俺の左足母指はどうなったのか?

まずは『その後②』からの続編画像からっす。

美しくない画像が出ます。ご承知おきください。

5月1日(金)の画像(発作後33日目)

前回投稿画像が4/29(水)時点のものだったのだが、その2日後では患部に大きな変化はない。関節を屈曲させたり、体重をのせたりすると軽い痛みはある。また、指で押さえた際の圧痛もある。

ただし、この翌日(5/2(土))には青空ガレージにてグランドアクシスの後輪交換を実施しているので、『痛みが残っている』といっても、その程度は軽いことになる。

5月4日(月)の画像(発作後36日目)

上記の3日後ではあまり変化がない。

5月6日(水)の画像(発作後38日目)

同様に上記2日後。これ以降、数日では大きな変化がないため、画像に残す間隔を空けることにした。

5月10日(日)の画像(発作後42日目)

これぐらいから、通勤時にカドヤのエンジニアブーツを履いて出勤できるようになる。硬い靴底での歩行も大丈夫となった。

また、1ヶ月以上控えていた朝の筋トレも再開する。

5月17日(日)の画像(発作後49日目)

この日、病み上がり初の林道へ。

実に、1ヶ月半ぶりのツーリング。しかもダート走行!

自宅から出発直後では、シフトチェンジ時にかすかな痛みを感じたが、徐々に慣れ、ダート含めて合計200km余りの走行を無事終えることができた。

林道に行くまでの道のりでさえ、幸福感に包まれた。

このあたりから、シルク靴下を着用し始める。入浴時以外は就寝時も含めて着用。

足の冷えが顕著であったため、自己免疫療法関係の本にあった「頭寒足熱」を実践するためだ。

5月27日(水)の画像(発作後59日目)

この4日前(23日(土))、行きつけのショップにローライダーSの前輪交換に行く。

まさに、2カ月ぶりのローライダーSだった。

そしてその翌日(24日(日))、実家の志摩へ往復300kmを超えるツーリングへ。

懸念していたカドヤのエンジニアブーツで丸1日走ったが、何事もなく無事帰還することができた。

もう、(オートバイも)大丈夫だ。

5月31日(日)の画像(発作後63日目)

発作から丸2カ月経過した。

この前日(5/30(土))、病み上がり2度目の林道行脚へ。

また、本日は2カ月ぶりに早朝ウォーキングを再開することができた。

トレッキングシューズを履いた両足に各0.5kg、リュックサックに3kgのおもりを仕込み、1時間の歩行に耐えることができた。

ここで、その変化が分かるように、発作直後(2カ月前)と現在(5/31(日)の画像を並べてみる。

この投稿を書いているのは6月3日(水)だが、色の左右差も徐々にではあるが消失してきており、第一・第二関節の赤黒い炎症痕(?)も薄れつつある。

なお、痛風患者定番の尿酸産生抑制剤(フェブリック)はもとより、解熱鎮痛剤の内服はしておらず、4月7日(火)を最後に病院受診もしていない。

今回「二度と痛風発作を起こさないために」始めた事柄を並べると、

1 炭酸水素ナトリウム(重曹)の内服

  1日朝夕の2回、1回につき1.7gをコップ1杯の水に溶かして飲む。

2 シルクソックス着用(アマゾンで購入済み) 

  足の冷えからくる血流不足解消のため。毎秋冬、足指にしもやけができる。

3 磁気ペンによるツボ刺激(アマゾンで購入済み)

  交感神経と副交感神経のバランス保持のため。

4 書籍(この2カ月で約20冊購入。現在半分ぐらい読破。)

(1)安保 徹、福田 稔 両医師等の著書を熟読し、薬に頼らず自己治癒力での病の克服、健康維持を目指す。

(2)陰謀論を含め、医療や経済を牛耳る組織の理解を深める。

  ある程度の知見はあったものの…。

(3)上記(1)(2)から、現代医療(対症療法)の過ちを見極める。

  同様に、ある程度の知見はあったものの…。

 ※とはいえ、救急医療の否定はしない。各疾患の急性憎悪や、深くて広範囲なケガや火傷、骨折等に対する現代医療の役割は大いに評価している。

以上、これにて「痛風」に関する投稿を、とりあえずの完結とします。

痛風発作その後 ③。2020.6.3(水)」への2件のフィードバック

  1. どうもです。
    痛風ねぇ、ビールは飲まれますか?プリン体が多い食べ物は厳禁ですよね。「いくら」「数の子」「ホルモン」「イカ」「タコ」などなど。
    私も健康診断で尿酸値がギリギリのところです。友人が痛風持ちで少しは知っているのですが、相当痛いらしいですね。
    昔は贅沢病と言われていた病名ですね。お大事に。

    そうそう、オフロードは一時期ハマりましたが、結局はオンロードが性に合っていて、若い頃には毎週のように皮つなぎを着込み、矢作ダム、鈴鹿峠、本宮山に出掛けて行き、ハングオンの膝スリスリに酔いしれていました。月に数回は鈴鹿サーキットにも出向きサーキット走行を楽しんでおりました。
    当時は金にいとめもなく、集合管、ハイカムだの、ポート研磨、ボアアップにお決まりのCRキャブ等々に多くの金をつぎ込みました。
    いつか、お久しぶりにお会いし、単車話に花を咲かせたいと思います。

    では、でわ。いつものように仕事に戻ります。

    1. 服部さん、コメントありがとうございます。
      私は晩酌もしませんし、ビールを含めアルコールは年に数回しか口にしません。
      イクラ、カズノコ、ホルモンは嗜好に合わないため、幼少期より口にしていません。
      イカ、タコは食べますが、頻繁には食しませんね。

      自己分析ですが、私の場合は遺伝からくる尿酸の過剰産生型ではないかと思われます。
      食物から摂取されるプリン体は、その全体量からすると2割程度らしいですよ。

      ただ、今回できる限りの情報を収集し、文中にあるような事柄を実践しているといった状況です。
      もちろん、薬(重曹は飲んでいるが)は飲みませんよ。

      峠での走り、私も貴殿ほどではないにしろ、よく走りに行きました。
      しかし、加齢とともに「オートバイでの旅」に価値を見出すようになりましたね。
      というか、自転車好きから単車への移行組だったので、ツーリングは自転車野郎時代(小学生から)から好きでした。

      今、カワサキのW650なんかにも興味関心があります。

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