授業公開日の後でシェルパの洗車とプチ整備

2018.10.26(金)

本日は次男が通う中学校の授業公開日につき、午前中だけ授業見学に出向いた。

見学したのは、3時眼目の社会(次男のクラス担任兼学年主任の授業)と、4時限目の社会(同担任の他クラスでの授業)、同4時限目の体育(次男のクラス)である。

同じ社会科を2時限続けて見学したのは、クラスが違っても同内容・同質の授業をしているのかどうかを見学したかったからだ。

次男からその授業についてあまり良い話を聞かされていないので、ちょっと見てみよう、見るなら比較できる形で見てみようと思ったわけだ。

 

結論から言うと、ほぼ次男の言うとおりだった。

まとまりがなく、中途半端な授業内容だということ(詳細には触れません)。

それを次男やクラスメートは、「手抜き(授業)じゃない?」と言っているとか。

授業を行う教室も、通常のクラス教室ではなく、すぐ隣の「特別活動室」で行っていた。

通常クラスの後の壁には、先日の体育大会について生徒同士で話し合ったことのまとめや感想等が書かれたワークシートが掲示されているらしいのだが、教室が施錠されていて読むことができなかった。

その「生徒同士の話し合い」は、俺が切望・懇願して1年越しに実施してくれたものだったが、教員(特にクラス担任)に全く積極性が見られない、というか、何の考えもなく嫌々実施した話し合いだったため、その方法論や内容はともかく、その結果としての貴重なワークシートを掲示することすら生徒たちには全く説明がなかったらしい。

もちろん、話し合い後のさらに発展した学び合いもなく、結局「話し合いをした」という既成事実だけを残したかっただけなのだ。

ワークシートについては、掲示の説明がなかったばかりか、美術の授業で描いた急須のスケッチをワークシートに被せるように(見えないように)掲示してあるとのこと。

昨年も同担任だったのだが、美術の作品はすべて美術室の前に掲示・展示されていたのに、今回の急須のスケッチだけ教室に、しかもワークシートに被せるように掲示してある。

これを「自然な」行動ととることができるだろうか。

あきらかに、授業公開日に備え、ワークシートが保護者の目に触れないようにするための工作ではないか。

生徒たちのワークシートには、否定的な意見が書かれたものが数多く存在していたらしい。しかも、成績優秀者たちのものの中で。

 

昼時に帰宅し、前回走行時から洗車していなかったシェルパを軽く洗車し、フロントフォークのねじれ調整や、チェーンのオイル差しをした。

その後乾燥させるために近所を10㎞程走行し、その間にセルの回りがイマイチだった通勤用のグランドアクシス100のバッテリーを充電した。

 

※次男帰宅後のこと。

帰りの会のあと、担任から言われたらしい。

「〇〇ちゃん(次男の名)、今日はお父さんの前で大活躍だったね!」

 

The End

 

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