彼岸で志摩町。その足で和歌山県への1泊2日ツーリング。その②

2018.9.23(日)1日目②

その①からのつづき

朝から何も口にしていない空腹感大の俺は、父方の墓地から車で5~6分程度のスーパーへローライダーSを走らせた。

三重県ではメジャーな食品スーパー 「ぎゅーとら」 の屋上駐車場 『Lovely』って?

 

糖質制限継続中(今年の12月で丸2年)である俺の本日の昼食は、①とりのから揚げ ②全粒粉クロワッサン ③豆乳(無調整プレーン)④緑茶 である。

朝方とは違い気温も30℃近くあると思われるが、真夏でもないし、屋上駐車場まで上がって行って止めたハーレーに座って昼食タイムとした。

地元の買い物客(特に子どもたち)には物珍し気に見られたが、まあね、真っ黒なオートバイに座ってから揚げ食ってるオッチャン見たらね(笑)。

 

さあ、ここからどういうルートで和歌山県新宮市まで行くのか。

俺の故郷志摩町は志摩半島の先端の先端(先志摩半島)なので、ここまで来るとまた同じ道をピストンしなくてはならない。

先志摩半島の先端御座まで旧道で行き、復路はバイパスで戻る。

 

志摩町入りして母方の墓地に着く手前、それこそ浜の景色が一望できる場所を通るのだが、この場所に来ると「ああ、志摩に来たな。」という気持ちになる。

今まで何十回と往来した場所だが、そのたびに同じ思いを抱く。

ただ、今回は少し違った。

「亡くなる前にもう一度連れてきてやりたかったな。」

まだわずか4ヶ月前に亡くなった親父の故郷もここ志摩。

足腰が弱り、一昨年も志摩に帰ることができなかったから、生まれ育った志摩の海、景色、空気、においをもう一度感じさせてやりたかった。

そう思うと同時に、胸が詰まった。

昨年夏の画像

 

往路で走ったサニーロード(県道169号線)を今度は駆け上がり、若干遠回りをしながら、国道260号線を西へ。

先日の大杉谷~水呑峠で下りてきた国道260号線との合流点も「懐かしく」感じながら通過。

2018.9.16(日)ですね。

マイカーやオートバイでごった返している道の駅はスルーして、尾鷲市のコンビニに入る。

買い物を済ませてオートバイの近くで一服していると、住宅地の方から二人の女の子が自転車に乗ってやって来た。小学1年生ぐらいだろうか。

「こんにちは~」「こんにちは~」と、明るく元気に二人とも俺に挨拶してきた(笑)。

突然の可愛らしい挨拶二重奏に思わず「こんにちは~」「こんにちは~」と、いつになく大きな声で、それぞれに挨拶を返してしまった(笑)。

割と疲れもたまってきていたのだが、可愛らしい挨拶で疲労感は皆無となった!

実はつい先日も、グランドアクシス100に乗っての会社からの帰り道、大通りから一本入った路地の横断歩道で幼い兄弟(恐らく)に癒された。

お兄ちゃんは背格好から小学2年生か3年生。そのお兄ちゃんに手をつないでもらっていたちっこい弟は就学前のおそらく3歳~4歳くらいかな。

俺が横断歩道前で停止すると、お兄ちゃんが「先に行ってください。」と手で合図を出した。俺の前を走っていた車は一旦停止もせずにそのまま横断歩道で待っている兄弟の前を通り過ぎて行ったので、これ以上待たなくてもいいよ、と今度は俺が手で「行っていいよ。」と合図をした。

一瞬戸惑ったお兄ちゃんだったが、ペコリと頭を下げて、ちっこい弟の手を引いて横断し始めた。

俺の目の前を二人が通り過ぎようとした時、ちっこい弟が俺に手を振ってきた。俺がすかさず手を振り返すと、その一部終始を見ていたお兄ちゃんは少し照れくさそうに笑いながら俺の方を見て横断し終えた。

その可愛らしい弟の振る舞いもさることながら、小さな弟の手をしっかりと引き、車が過ぎ去るのをじっと待つ頼もしい兄。そこには幼いながらも、兄としての自覚がはっきりと芽生えており、そんなお兄ちゃんのことが大好きな可愛い弟の安心感までも見ることができた。

ほんの一瞬の出来事だったが、当然その素性も何も知る由もない幼い兄弟の姿から、自身の息子たちや俺と妹のことが頭をよぎった。

すごく心が暖かくなった状態で帰宅することができた。

 

さて、尾鷲からは日本三大酷道と称される国道425号線で西へ向かい、日本で唯一の「飛び地」である北山村へ行こうとした。

ところが・・・

まだまだ完全復旧は遠いかな。

その③へ続く。

 

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